北海道大学(北大)歯学部を卒業する私は、最終的には歯科医になるものだと思っていた。
しかし、このまま卒業して歯科医を始めるのはなんとなくいやだった。しっかりとした勉強をせずに卒業まで行ったのだから、自分のせいなのだが、もうちょっと満足感がほしかった。特に、実習レポートがいやだった。何人かで一緒に実験をするから、いい加減な結果になることもある。しかし、どんな実験結果になっても、指定された時間内で提出しなければならない。出さなければ評価されないので仕方がなかったが、毎回提出するのがいやだった。ほかの理系の学部の学生は、卒業論文のために研究をして、まとめてから社会へ出るようであった。しかし、歯学部には卒業論文もない。せっかく大学というところへ来たのに、学問・研究をせずに社会に出てしまうことが不本意で、どうせこのあとずっと歯科医をするのだから、その前に、せめて4年間くらい好きなことをやろうと思って、大学院へ進学することにした。
やりたいことは基礎研究であったので、選択できる分野は限られていた。興味があったのは生化学と薬理学であったが、歯科治療に使用する薬物の作用がなんとなくすっきりしなかったので、歯科用薬物の研究をしたいと思い薬理学に進むことにした。歯学研究科の基礎系の大学院を志望する者は少なかったので、学生時代の成績も関係なく無競争に近かった。ただ共通試験となる英語とドイツ語で落ちると救えないと言われて、これだけは歯科医師国家試験以上に勉強した。
大学院の入学試験では、語学試験と専門科目の薬理学の試験があり、そのあと薬理学のS教授の面接があった。どうして薬理学を選んだのかと聞かれて、読んだ本の影響を語るとその本は薬理学というようなものではないと一蹴された。薬理学学生実習の選択で何を選んだかと聞かれて、思い出しながら答えると薬理ではそんな実習はないと言われ、これはまずいなと思ったが、ほかに志望者もいないので大学院の入学試験には合格した。
卒業半年前の10月、入学試験に合格して教授に挨拶に行くと、K先生について研究してくださいと言われた。しばらくして、K先生から連絡があり、歓迎会をすると言われた。行ってみると、堅物そうな先生と、先生と仲の良い二人の職員が一緒だった。一人は登山が趣味の事務職員で、私が山好きであることからのメンバー構成だったのかもしれない。K先生から、私は金の卵だとおだてられた。要するに、猫の手も借りたい状態であって、私は歯学部を卒業して大学院の薬理学を志望するという奇特な人材であった。なんとか、卒業試験と歯科医師国家試験を乗り切って、大学院へ来るように激励を受けた。
まもなく、無事に卒業することになった。謝恩会で、お世話になった先生から「卒業後はどうするの?」と、聞かれた。「薬理の大学院へ進みます」と答えると、「ほー、いい度胸しているね」と言われた。要するにこんな学生であった。(続く)
コメントを残す